洗車に行ってきました。
いや、正確に言うと「行かざるを得なかった」のほうが近いかもしれません。ここ最近の雪で、愛車がもう見るも無残な姿になっていまして。黒いんだか茶色いんだかわからない、なんとも言えないグラデーションをまとった我が車。道ですれ違う人に「あの車、もともと何色だったんだろう」って思われてそうなレベルです。
洗車って、不思議ですよね。
めんどくさい。寒い。できれば行きたくない。そう思いながらも、いざ重い腰を上げて洗車場に向かうと、なんだかんだでちょっとワクワクしている自分がいる。子どもの頃、お父さんの洗車を手伝った記憶がうっすら蘇るからでしょうか。それとも「きれいにする」という行為そのものに、人間は本能的に快感を覚えるのかもしれません。知らんけど。
泥と雪の跡がこびりついたボディに水をかけると、みるみるうちに汚れが流れ落ちていきます。この瞬間がたまらない。YouTubeの掃除動画を延々と見ちゃう人の気持ちが、ものすごくわかる。ビフォーアフターの落差が大きければ大きいほど、脳が喜ぶんですよね。
つまり、汚れれば汚れるほど洗車の満足度が上がるわけで、そう考えると雪にも感謝…はしないけど、まあ、悪くないかなと思えなくもない。思えないか。寒いし。
それにしても、冬の洗車場というのは独特の空気があります。みんな寒そうな顔をしながら、黙々と自分の車を磨いている。誰も楽しそうじゃないのに、誰もやめない。この「めんどくさいけどやる」という静かな連帯感。なんだか好きです。
洗い終わって、ピカピカになった車を眺めると、思わず「おお」と声が出ました。この子、こんなにきれいだったっけ。いつも乗ってるのに、磨くたびに新鮮な気持ちになるのは不思議なものです。人間関係もそうなのかもしれません。近くにいすぎると気づかなくなるけど、たまにちゃんと向き合うと「ああ、いいな」って思える。車も人も、手をかけた分だけちゃんと応えてくれる。
…なんて、洗車ごときで何を語っているんだという話ですが。
でもね、思うんですよ。日々の暮らしって、こういう小さな「やった感」の積み重ねでできているんだなって。大きな目標を達成したわけでもない。誰かに褒められるようなことをしたわけでもない。ただ、雪で汚れた車を洗いに行っただけ。でも、それだけで今日という日にちょっとした達成感が生まれて、帰り道の運転がいつもより気持ちいい。
毎日絵日記を描いていると、こういう「なんでもない一日」にも輪郭が生まれます。
洗車しただけの日が、ちゃんと「洗車した日」として記憶に残る。大げさに聞こえるかもしれないけど、これってけっこう大事なことだと思っています。何もなかった日なんて、本当はないんですよね。探せば絶対、何かある。
さて、ピカピカの車でどこかに出かけたいところですが、明日また雪が降ったらどうしよう。
…そのときはまた洗えばいいか。

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