今日も今日とて、超満員電車。
もうね、乗るたびに思うんですけど、人間ってこんなにギュッとなれるんですね。お互い見ず知らずの他人なのに、肩と肩がぴったりくっついて、息づかいまで聞こえる距離感。恋人同士でもこんなに密着しないでしょう。なのに車内の空気はあくまでクール。目は虚空を見つめ、誰もが「私はここにいません」という顔をしている。すごい。人類の適応能力、すごい。
そして最近、困っていることがひとつあります。電車がやたらと遅れるんですよ。しかも決まって帰りの時間帯に。朝はなんとか動いているのに、「さあ帰るぞ」というタイミングで「線路内に人が立ち入ったため――」のアナウンスが流れる。あの瞬間のホームのため息、すごいですよ。何千人もの人間が同時に「マジか」と思っている。見えないけど、空気でわかる。
線路に立ち入る人、けっこうな頻度でいらっしゃいまして。体感では二日に一回くらい。もちろん何か事情があるんでしょうけど、こちらとしてはただただ立ち尽くすしかない。怒ってもしょうがないし、かといって「いいですよ、どうぞごゆっくり」とも言えない。ホームでスマホをいじりながら、ただ待つ。これもまた、現代の修行なのかもしれません。
でもね、ふと気づいたんですよ。
最近、あんまりイライラしなくなったなって。
以前は電車が遅れるたびに「うわ、最悪」と思っていたし、満員電車に乗るたびに「なんでこんな目に」とげんなりしていました。でも最近は、遅延のアナウンスを聞いても「あ、はいはい」くらいの感覚になってきた。満員電車でぎゅうぎゅう押されても、「まあこんなもんだよね」と受け流せるようになった。
これ、成長なのか。それとも麻痺なのか。
たぶん、ちょっとだけ両方です。
嫌なことって、最初はものすごくストレスなんだけど、繰り返されるうちに脳が「あ、これは命に関わらないやつね」と学習して、リアクションを省エネモードに切り替えるんだと思います。よく言えば適応。悪く言えば諦め。でもそのおかげで、毎日の通勤で心がすり減らなくなったのなら、まあ悪くないのかもしれません。
考えてみれば、僕たちは日々いろんなことに「慣れて」いますよね。仕事のプレッシャーも、早起きのつらさも、最初はしんどかったはずなのに、いつの間にか「日常」になっている。慣れるって、地味だけどものすごいサバイバル能力だなと思います。
ただ、ひとつだけ気をつけたいのは、「慣れちゃいけないこと」にまで慣れてしまわないこと。自分の体のしんどさとか、「本当はこうしたい」という心の声とか。そういうものまで「まあこんなもんか」で流しちゃうと、気づいたときにはけっこう大変なことになる。
…と、満員電車に揺られながらそんなことを考えていたら、いつの間にか最寄り駅に着いていました。
考えごとをしていると電車はあっという間。これもまた、ひとつの適応技術かもしれません。
そんな今日の一日を、いつものように絵日記にしました。
明日も電車、遅れるかなあ。まあ、遅れたら遅れたで。

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